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2010年12月 4日 (土)

よみがえれ!愛岐トンネル群

Tone006

国鉄中央西線の廃線を歩いてみた。
NPO法人「愛岐トンネル群保存委員会」の企画によるものである。

この廃線は、その昔若かりし頃信州へ行くときに利用した。
スキーや登山など、夜行の蒸気機関車「木曾○○号」を利用した。
車内の通路や、デッキなど登山の人々などで埋め尽くされていた。
荷物の網棚さえベッドになっている。
汽車に乗るときは、新聞紙は必需品となっていた。
通路に新聞紙を敷いて、寝るのである。
蒸気機関車から豪快に吐く石炭の煙は、容赦なく車内に入り込む。
松本に着くころには、顔はおろか、鼻の穴まで真っ黒になる。
駅に着くと、まずしなければならないことは、洗顔である。(鼻の孔も)
高蔵寺を過ぎると、多治見まで8キロの間に14箇所もトンネルがある。

複線・電化になってから、この線は廃線となった。

この廃線を歩いてみようと再生委員会が立ち上げたのである。
歩いてみなければならない。

定光寺駅を降りると、一段下の道路に下る。
この道は、かって旅館などが立ち並ぶ観光地の道であった。

受付を済まし、急な臨時の階段を上ると、「玉の第三トンネル」である。
もちろん線路は撤去されて、今は枕木さえ無い。
委員会の人々が整備してはいるが、それでも足元はボコボコである。

「玉の第四トンネル」を出ると、もみじの巨木がある。絶景スポットである。

コンサート会場などイベント会場を過ぎると「隠山第一トンネル」である。
このトンネルまでは、100メートル弱であり、仮設の照明設備もある。
「隠山第二トンネル」は333メートルもある。
ローソクの灯火があるが、ほとんど真っ暗な状態で、懐中電灯などが無いと歩きにくい。
これをこさえた人々にただただ感服であり、当時をしのぶことができる。

ここまでが、今回歩くことができた区間である。
このトンネルを出たところに、鉄橋が有ったが、今は撤去されている。
名残の橋台だけが残っている。

とても懐かしいウォーキングであった。

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コメント

廃線歩き
したことあるよ~
トンネルと言えば
冬の上高地に入る時
昔は沢渡から歩きだった
いくつものトンネルは真っ暗で
自分が上に向いているのか
下に向いているのか
分からなく…
漆黒の闇って初めて感じたわ

今は、平湯のバスターミナルから釜トンネルの入り口で降りて、
そこから、歩きます。
懐中電灯は必需品。
釜トンネルは真っ暗です。
漆黒のトンネルは、氷でツルツル。
アイゼンも必需品。
トンネルを抜けると、焼岳がお出迎えしてくれます。
雪道を、ガンガン歩くと、人っ子一人いない静かな大正池。
さらに行くと、人っ子一人いない、静かなカッパ橋。
穂高連峰を独り占め。
真冬の上高地を是非お楽しみくだされ。
こむぎさん こんこんこんばんわぁ~happy01

学生時代北海道が大好きで鉄道旅行しました。国鉄時代は周遊券+学生割引+冬季割引で道内は国鉄バスも特急列車も乗り放題。JRになってからは たくさんの線が廃止されました。北海道は開拓の歴史とともに鉄道の歴史もあるので、残して欲しいトンネルなどもたくさんあると思います。
こういった保存会があることは初めて知りました。

廃線を歩くことで その歴史に触れられるのはとても素敵ですね。

消えてしまうのは、どことなくさびしいものであるが、
そうは言っても、やはり消えて行くのも歴史的必然性なのでしょう。
こうして、発展のしようのない地域の残されたトンネルなどは、ノスタルジックでいいですね。
こんばんわ Makiさん♪

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