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2008年9月14日 (日)

桶狭間の合戦

Img_0564

 豊田ウォーキング協会9月例会「桶狭間古戦場巡り 今川義元進軍経路をたどる」に参加した。
確実に風は、秋の訪れを感じるほどに涼しくなっている。
しかし、その刺すような陽射しsunはまだまだ健在であり、猛暑のウォーキングとなった。

 前後駅がスタートで 戦人塚→三崎水辺公園→西川遊歩道→文化会館→沓掛城址
         →二村山→中京競馬場→桶狭間古戦場→長福寺
         →有松駅までの 15㎞である。

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桶狭間の合戦での夥しい戦死者を葬り供養したと塚と言われている。
ここの地名は仙人塚であるが、この塚は戦人塚である。
う~む ややこしやぁ~ ややこしやぁ~♪

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沓掛城に、戦の前夜、義元さんがお泊りになられたようですが・・・・
今ではそのことを知る人はいない。

Img_0572
東海道が、メイン道路になるのは江戸幕府以降である。
それまではこの鎌倉街道が日本の大動脈であった。
この道標には右が「三河」であり、左が「鳴海」である。
つまり今川義元の大軍団は、右から来て、左へ上洛の道をたどろうとしてたのである。
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この道の先が、義元運命の桶狭間に通じる道である。
昔を偲ぶ道がそのまま残っているのは嬉しい。
ここは二村山である。
    「よそに見しを ささが上の白露を
          たもとにかくる 二村の山」 源頼朝

信長さんは、今川さんがここを悠々と通ることを読みきっていたのでしょうね。
この山で、歴史を偲び、語り合いながらお弁当をひろげる。
ん?何を語り合ったのですかですって? 
ま、その えっと えっと それ あれですわ なんでしたっけ!!

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こうして、いよいよ今川義元の上洛の夢が断たれた「桶狭間古戦場跡」である。
ま、これとて、確実な証拠が有るわけではないでしょうけど。
それが多少ちがってても大きな問題となることもないし、
僕らの生活になんの影響もないだろうし、
お受験等にもどってことないであろうと思うし、
山岡荘八さんも文句を言うまい。
実は、ここよりちょいと離れた場所にあったのです。お墓!
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暑い暑いといいながら、長福寺に立ち寄る。
ん!秋だ!!
なんと 柿がもう色づいていたのである。
気温が連日のように33度にもなるのに、秋の景色を見つけた。
しかし暑いっsign03
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このお寺で、解散のセレモニーが執り行われ、解散の有松駅に向かう。

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有松の街並みである。ここにある「有松絞り会館」に立ち寄る。
絹の絞り染め欲しかったなぁ~(^_^)
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この暖簾もかっこいいなぁ~~

で、こんなん食べたぁ~happy01 イチゴミルク
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だめじゃーーーーーーーんpig メタボ (;´д`)トホホ…

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